10人組手
10人組手は昇級昇段審査の中の華である。
黒帯を手にするには必ず通過しなければならない最大の関門である。
現空研の黒帯は全員この試練に耐えた者である。
ここにはやってみた者だけが知りえる世界がある。
今まで空手の稽古を続けたきた者が、それまでに身に付けたあらゆる技と知識と体力の全てを総動員して完遂に向かって挑戦する。
一旦開始されると頼れるものは自分以外何もない。
試されるのは己の実力だけだ。
対戦相手も審査の対象になっている場合が多いので、手抜きや温情は期待できない。
もちろん安全への配慮および心構えは試合の前にはきつく注意するが、真剣勝負のひりひりするような緊張感をいささかでも緩和してくれる効果などかけらもない。
平成13年度の夏季合宿では2人の完遂者がでた。
いずれも完遂時には立っているのがやっとという程の激戦の連続であった。
この二人の組手を今回は紹介しよう。
この二人は私にとってというより現空研にとってもある意味重要であった。
それはこの二人が決して恵まれた体格ではないという点にある。
私はつねづね「小よく大を制す」という言葉を口にする。
これは柔道の基本理念である「柔よく剛を制す」を空手流に言い換えたものである。
小さい者が大きい者に勝つには、それなりの技を持っていなければならない。
大きい者、しかもただのデクノボウではなく鍛えた大男に勝つためには並外れた技が必要だ。
その技は、体力や持久力そして精神力も付加されたものでなければならない。
空手はそれを可能にすることができる数少ない武道の一つである。
しかし、実際にそれを証明するためには小さなつわものが数多く出現してくれなければならない。
現空研には体の大きな人も少なくない。
しかも、柔道や他流派、ムエタイやボクシング経験者など多彩だ。
こうした強豪を相手に10人組手の完遂は頭で考えるほど甘くはない。
この10人組手を完遂した2名を紹介しよう。
一人はバイミシ君である。入門3年目である。
彼は入門当初は急激に進歩をし、いきなり3級に飛び級で昇級した。
その後も着実に腕を上げてはいたが、茶帯になった頃より私の目には軽いスランプに陥っていたように見えた。
自分の空手に迷いを感じていたのかもしれない。
スピードだけでは対処できない、大きくパワフルな人や、手だけに限れば恐ろしいスピードとパワーのボクサー等との対戦で自分の核となる技に焦点が定まってないように感じた。
彼から迷いが消えたのは実はごく最近のことである。
まず組手で下がることがほとんど無くなった。
つまり押され負けすることが無くなったのである。
踏みこんで中段前蹴り、上中下に打ち分ける突きに威力が増した。
その彼が10人組手に挑戦した。
彼の戦いぶりを紹介しよう。
1回戦
緑帯のIT君。
IT君は極真を少し経験したことがある。
左右上段の重い蹴りが特徴だ。
常に前に前にでる圧力は並ではない。
いきなり一回戦からフルパワーの乱打戦になった。
お互いビシビシ、ドスンドスンと強打の応酬が続く。
これは、まずい。
正直私はこの一戦で10人組手は不可能だと思った。
まったくスタミナの配分を考慮していな全力、ガチンコの攻防だ。
バイミシ君はこの重量級選手を相手に一歩も下がることなく2分間を戦い抜いた。
2回戦
次の相手は同じく緑帯のTOM君だ。
TOM君は、実は腕を負傷していた。
当日まで出場を危ぶまれていたが、本人のたっての希望で出場に決まった。
実はTOM君はあるスケート競技の日本チャンピオンなのだ。(私はこの事実は本合宿で初めて知った)
しかも2年連続チャンピオンで、そのスケートのトレーニングか試合で負傷していたのだ。
彼も今までの昇級審査全てをストレートで突破してきた強い選手だ。
またもや、攻守伯仲する大激戦になった。
TOM君は負傷した腕をサポータでカバーしていたが、やはり攻撃は蹴りが主体にならざるを得ない。
スケートで鍛えたバネのある蹴りが連続して炸裂する。
しかし、バイミシ君は蹴りに偏重せざるを得ないTOM君のバランスの一瞬の隙をついて強烈な下段を炸裂させる。
TOM君たまらずダウン。
最初の一本勝ちだ。
3回戦
次の相手はKUR君だ。
彼も緑帯であるが、やはり最近急激に力をつけてきた一人である。
彼は、現空研の回し蹴りを高いレベルで習得している。
極めて近い間合いからの中段から上段へ変化する回し蹴りだ。
今回は極めて一本に近い技あり意外は一切取らずに2分間フルに戦わせるルールだったので、この回し蹴りは取ってもらえなかったが、見ごたえのある応酬だった。
バイミシ君は鋭い上段の突きを2本決め、あわせ一本で勝ちを得た。
4回戦
次の相手は緑帯のKON君だ。
彼は真面目に空手に取り組み、普段は物静かであるが一旦組手に入ると人が変わったようにファイターに変身する。
お互い接近戦で突き、蹴りの応酬でまさに消耗戦の展開になった。
結局2分間をフルに戦う。
5回戦
次の相手は緑帯のコジコジ君。
彼は180CMを超える長身でしかも格闘センスが良い。
ものすごいペースで全力の突き、蹴りを続けてきたバイミシ君であったが、そろそろダメージの蓄積とスタミナの消耗が目に見え始めていた。
スムースな突きと蹴りを力まず、しかし休まず繰り出してくるコジコジ君には少し間合いをとって体制を立て直そうとしていたようである。
油断したわけではないのだが、その一瞬コジコジ君の上段回し蹴りをノーガードで顔面に受けてしまった。
気合を入れなおし猛然と接近戦に持ち込むバイミシ君。
そして2分間の全力組手が終了した。
6回戦
次の相手は最近長足の進歩を遂げたダチョウハンター君だ。
ダチョウハンター君は接近しての上段回し蹴りが最近急に威力を増してきた新鋭である。
ダチョウハンター君は自分の空手の最終仕上げを行うかのごとく、多彩な攻撃を一瞬とも休み無く繰り広げた。情け容赦ない中段がボディーにめり込む。
その度に体を曲げて苦悶にゆがむバイミシ君の顔。
だんだん人間サンドバックの風を呈してくる。
しかし、まだ意識ははっきりしており戦う意思は旺盛だ。
渾身の力を振り絞り中段の突きと前蹴りを決め合わせ一本で勝ち抜いた。
7回戦
これから、いよいよ茶帯の登場である。
今度の相手パンチ君は元ボクサーであり父君は別の流派の空手の師範であるという根っからの格闘家である。
無駄な脂肪が一切なくかつてのブルースリーのような体付きだ。
そのスピードは誰もが認めるところだ。
いつも稽古の終わったあと、S初段と番外の死闘を繰り広げることで有名だ。
この彼と7回戦で当たるのは本当にきつい。
蹴りや突きがボディーに食い込むたびに苦痛にゆがむバイミシ君の顔。
しかし、一瞬のカウンターの下段蹴りでダウンを奪い技ありをとる。
彼を立たせているのはおそらく気力だけであろう。
8回戦
次の対戦相手茶帯のOTO君はジープマンと呼ばれている。
さすらいの酔っ払い師範の昔からの悪友で、この一派は現空研2部、3部では何をやっているかよくわからない。
しかし、この対戦はすごかった。
情け容赦のない接近戦の突き合いで完全な消耗戦だ。
もはや立っていられることが不思議だというようになる。
ここで、審判は続行の意思確認を行う。
意識ははっきりしており、本人の続行の意思は固い。
安全上の問題はないという私の判断で続行を命じた。
2分間の戦いが終わった。
最終章
そして、いよいよ後2人。
運命の黒帯との対戦がはじまった。
ここまでくれば後は気力だけの世界だ。
ちゃちな技や理屈は通用しない。
逃げない精神力のある者だけが勝ち取ることができる。
これからの2試合の詳細を述べることは差し控えておこう。
堂々とした男と男の組手が展開され、バイミシ君は10人組手を完遂した。
必死で声援を送っている者の中には目を真っ赤にしている者もいた。
いつも、10人組手は感動を与えてくれる。
(続く)