空手は突き、蹴りといった派手な技が主体で成り立っている武道なので、どうしても年配者は二の足を踏むところがある。
競技空手やK1のようなプロを目指すのなら、どうしても最適な年齢というものを考えざるを得ないが、自己の鍛練と武道精神の追求、また護身術としての空手ということになれば、そこには年齢制限はない。
そもそも武道とは一生を費やして追求するものであり、人生のある瞬間だけ身をおけば良いといったものでない。
最終的には武道を追求すれば必ずその人の生き方や人生の考え方にかかわらないわけにはいかず、結局武道を志すということは人生を再構築するということを意味する。
なぜ、再構築なのかといえば、もともと人間は(人間に限らずあらゆる動物は)一定の成長期を過ぎた後体力的なピークを迎えあとは自然の加齢にまかせて衰えていく、というのが自然な姿だ。
しかし、空手をやれば(空手には限らないかもしれないが)この大原則に修正を加えることも可能なのだ。
中年以降から空手をはじめた方は、黒帯をとった頃におそらく大半の人が人生で最高の体力を獲得したという実感を持てるはずである。
とくに、ホワイトカラーで学生時代以降はスポーツらしいことは一切してこなかったという人は劇的な体験をすることになる。
そしてその体験をするのに、人並み外れた猛訓練など必要ないのである。
特に、きっかけは軽い気持ちでよい。
運動不足解消やストレス発散といった程度の動機で十分だ。
大切なことは始めること。
いったん始めて、空手の楽しさ、面白さというものを実感してしまえば、あとはしめたものだ。
現空研で言えば、週にたった一度の稽古で本当に強くなれるのか、と考えている方も多いと思うが、現実に強くなった多くの人の存在がそれを証明している。
私は、強くなるこつはひとえに継続にあると思っている。
人間というものは意思を継続させるのは大部分の人は苦手だ。
ある時期集中的感情をヒートアップさせるのは誰にもできるし皆経験があると思う。
だから、空手を始めた頃は毎日でも道場に通いたくて、どうかすると複数の道場を掛け持ちで回ったりするが半年もすると情熱が冷めてしまって月に一回も来なくなる。
そうこうしているうちに同期の仲間に取り残された感覚になって足が遠のいてしまう、というケースは挫折パターンの典型だ。
私は週一回というペースは若い人には多少物足りないかもしれないが、中年以降の人には最適なインターバルだと思っている。
月一回だと、さすがに難しい。
既に黒帯を持っているとか、他の武道やスポーツによって十分な下地ができているということなら話は別だが、一から始める素人が月一回の稽古では正直多くを期待するのは難しい。
しかし週一回であれば、やり方ひとつでかなり効果をあげることができる。
そして、週一回であれば仕事やその他の日常生活に支障をきたさず、続けることも何とか可能だろう。
武道というものを一生続けるものという前提で考えた場合、継続すること自体が困難な条件であっては困る。
しかし、実効があがらない状態では単なるおやじのサロンになってしまう。
私は現在自分自身を実験台として生涯の空手というものがどうあるべきかというこを試行錯誤で追及している。
まあ言葉でいえばもっともらしいが、要は続けているということだ。
現在生涯学習という言葉をよく耳にする。
健康であり、そして常に知的好奇心を旺盛に持ち、いろんな分野に対するチャンレンジを行っていくということは人生を生き生きとしたものにする。
こうした個人レベルでの幸せの追求が、結果として社会全体としてみた場合にも良い結果を生むことは間違いない。
武道の追求を生涯学習のターゲットにすることは、肉体の健康そして人間としての強さの獲得であり最も良い選択の一つであると思う。
しかし、中年以降はじめて空手を始めるかたには次の注意を忘れないでほしい。
無理をしない
しかし、続ける。
そして怪我をしない。
無理をしない、怪我をしないというのは、個人の努力に負うところも多いのだが、道場の基本的な姿勢も関係してくる。
多少の怪我は強くなるためにはやむを得ないという考え(私も昔は徹底的にこうした考えだった)も一理あるのだが、現空研では方針として排除する。
現空研は、十分な基礎ができるまでは、特にフルコンの稽古をやらせない。
まず、寸止めで十分組手というものになれてもらう。
そして、次のステップは防具付組手だ。
防具組手のやり方も流派によっていろいろあるが、現在の現空研のルールは私が考案したもので、安全性を確保しつつ、武道の真剣勝負の真髄にもふれることができる絶妙のバランスが取れていると思っている。(自画自賛失礼)
そして、十分に体が鍛えられ、技も覚えてくると、止めろと言っても自主的にフルコンをやりたくなってくる。
フルコンに関しては私は個人の体力レベルと技の錬度によってやるかやないかを判定している。
年齢が若くても本人が希望してもフルコンをやらせないケースも当然ある。
生涯学習として空手をとらえるなら、怪我で中断してしまうということは最も避けなければならないことだ。
大きな怪我をしてしまえば、中断ではなく一生空手ができなくなってしまうことも可能性としてはありうる。
本来充実した人生をめざした武道でこんな結果を生んだら本末転倒もいいところだ。
私が毎回のように「怪我をしない、させない組手」と言っているのはこういう意味だ。