質問1
僕は、今までいじめられてる人を見ても、自分も弱いから助けられなかったんですが、強くなってそういう人を助けたいと思っています。
ただ高2で来年大学を受験しようと思っているので、今入会しても来年の5月ぐらいまでしかできないんですが、助けられるぐらい強くなれますか?
質問2
今高2で、来年大学を受験しようと思っているので、今入会しても6か月ぐらいしかできないんですが、組み手はできるようになりますか。
質問3
浪人して受験勉強をしている者ですが、空手に興味があります。
今始めるべきか、大学に受かってはじめるべきか悩んでいます。
受験生で空手を始めたいと思っている人は多いと思います。
私も、本格的に空手を始めたのは大学受験で浪人した時です。
質問1と2は、受験のため期間が短くなってしまうけど、稽古をして強くなれるかといった質問の趣旨だと思います。
もちろん、半年でもやればやらないよりは強くなれるでしょうし、組手も基本的な動きはやれるようになります。
ただ、こうした中途半端な期間に限定して稽古を行うというのは、外国の方とか、職業上の制限といった場合は理解できますが、受験といった自分の進路を決定する重要な分岐点においての選択としては少々疑問が残ります。
受験という頭を使うことに偏った生活を是正し、運動不足の解消と精神力の鍛錬を兼ねて行うということなら賛成しますが、どうも質問1と2にはそういった趣旨とは違うようです。
それと「いじめられている人をたすけるために強くなりたい」ということですが、他人の心配をする以前の問題として自分自身はどうなのでしょうか。
高校生はまだ選挙権もなく自活もできず、法的には一人前の人間ではありません。
大人の庇護下でかろうじて生きている弱者の典型なのです。
たとえ、空手でどんなに強くなったところで、本当に力があって、しかも悪意の大人にあっては虫けらのごとく抹殺されるでしょう。
「いじめられている人を助けるため」という大きな目標を持つのであれば、まず受験なり、何なり自分の人生を方向付ける一番大切な事を成し遂げることが一番大切なことです。
私自身も若い頃思い当たることが山ほどありますが、受験という重圧の下では、いろいろ受験と関係ないことに興味がいきがちになります。
しかし、それは本当の魂の欲求ではなく、たんなる逃避なのです。
恐らく、受験が終わったら潮が引くように興味を失います。
私はこういった逃避として受験以外の事に興味を持って行うことには基本的に賛同しかねます。
少なくとも現空研では歓迎いたしません。
ただし、空手を受験勉強をよりよく進めるためということであれば話は違ってきます。
勉強ばかりに偏って体を全然動かさないよりは適度な運動と刺激を体に与えることで生活全体にはりがでてきて結果的には受験勉強もはかどるということは十分に考えられます。
私自身も人生において何度も苦しい時や四面楚歌といった状況になったこともありますが、空手で鍛えられた精神力で乗り切ることができました。
現在の現空研にも、受験生はおりますし、過去にも受験に失敗したものも成功したものもいます。
しかし、空手で黒帯を狙える程度までもくもくと鍛錬を続けた者は、例外なく何らかの成功を収めています。
一事を成すことができる人間は他の事でも成功する確率が高いのです。
ですから、こういった趣旨で空手を稽古したいということなら受験生でも歓迎いたします。
空手に限りませんが武道は、単なる格闘のための技術だけでなく生き方そのものを問うものなのです。
より意義のある人生を送るために自分を鍛えて強くする、このために武道はあります。
そういった人生に対して今自分が置かれている立場や状況それを十分に考えて検討してみてください。
少々辛口の回答になりましたが、受験どころか、かと言ってまともな仕事もしないで、繁華街をフラフラと遊びまわっている「できそこない」の若者も目につくことが多い昨今、こうした「質問」をよこすことだけでも見所のある若者には間違いありませんね。
どのような選択をしても、信念を持って当面の目標を完遂することに専念して頑張ってください。