前略
いつも先生のホームページを参考にし、細々と武道を続けている30代後半の者です。
先生の武道に対する、真摯な考え方やわかりやすい解説は大変役に立ちありがたく思っています。
小生は以前、顔面なしのフルコンタクトを経験しており下手で不器用ながらも何とか黒帯までたどりつきました。
その後、仕事や家庭のほうに重点が移り、それに加えもろもろの事情から流派を離れることになりました。
しかし、武道に対する想いを断ち切ることが出来ず、気分一新して別流派の顔面ありの武道に入門しました。
始めは他流派からうつり、しかも黒帯を持っているということで道場生もよそよそしい雰囲気でしたが、最近は少しずつうちとけることが出来、稽古に慣れ始めたところです。
そこで先生に質問があるのですが、顔面に防具をはめ、グローブをつけているとはいえ、顔面攻撃を受け続けた場合、日常生活に支障をきたすようなことは十分考えられるのでしょうか。
最近スパーリングで軽いとはいえ顔面攻撃を受け3、4日頭がボーとする状態が続き、仕事中も集中できず不安になりました。
そもそも武道とは生死を分けあう状況を想定して真剣勝負であるはずだということを十分承知しておりますが、実際問題として仕事や家庭に支障をきたすようであれば、今後、このような稽古を続けることが出来るかどうか心配です。学生時代は何も考えることなく、怖い物なしといった感じでスパーリングを重ねていましたが、家庭をもった今、怪我に対して異常なほど臆病になりはててしまった自分を大変情けなく想います。
ご多忙中とは存じますが、何かアドヴァイスをお願いしたく存じます。宜しくお願いします。
顔面攻撃の問題は、武道としての空手を考えた場合常に大きな問題点として立ちはだかります。
突き、蹴りといった打撃技が最も効果的な部位は顔面であることは周知の事実です。
技の修得と言う意味では、顔面攻撃を避けて議論することはできません。
そして実際に当てるということが技の実効性を試せることになり、技の習得の上で効率的な稽古になることも間違いないところです。
しかし、顔面への打撃を受けるということは脳への生理的な悪影響を考えなくてはなりません。
ボクシンク選手の中でみられるパンチドランカーという現象は昔から有名です。
脳への影響は打撃による累計的な損傷量、つまりダメージの蓄積がもっとも警戒すべき点であるといわれています。
ここに、実戦的な武道の追求と安全や健康の確保という点からの矛盾が生ずるのです。
これを解決するための工夫の違いが打撃系の武道や格闘技の特色となっているとも言えます。
グローブやヘッドギアを着用させて脳への衝撃を和らげる。
素手の拳による頭部の攻撃を全て禁止する。
頭部へは寸止めを原則として直接の打撃を極力回避する。
等です。
こうした頭部への攻撃の安全性をどう考え、実際の対策としてどう実行に移すのかということは人生の中で空手をどういう位置付けとしてとらえるかで変わってくると思います。
人生の若い一時期をプロの格闘技者として過そうと考える者と武道を生活の生業とはしないが一生続けて行こうと考える者では当然結論は違うでしょう。
例えば現空研では後者を基本として考えています。
したがって、生活に支障をきたしたり長い人生において健康を損なうような頭部への打撃は極力排除する方向で稽古を組み立てています。
特に壮年期以降の者や高齢者の場合はこうした点を強く配慮するようにしています。
私は怪我や事故に十分な配慮をすることが臆病であるという考えは全く同意できません。
一般的には頭部への事故を防ぐ意味でグローブのほか各種のプロテクターが用意され、それぞれ創意工夫の跡は見えます。
ボクシングも含めて多くの武道、格闘技の関係者は現在も様々な知恵を絞っているのも事実です。
私も過去試行錯誤を繰り返してきました。
しかし、実戦的な武道性を失わず、かつ一生続けられる稽古の形態となるとなかなか決定的な妙案は浮かびません。
現在、拳サポータを着けて、顔面に関しては寸止め、その他はフルコンという現空研方式は、こうした実戦性と安全性の両方を満たす苦肉の妥協案なのです。
顔面を実際に打ち合うという、より強烈な実戦性は多少犠牲にしますが安全性への比重を大きくしたということです。
しかし、この方式が(安全性の面から)ベストだと主張するほど他方式と比べたデータも揃っていませんので、なんとも言えないのですが、現在私の立場で提案し、また事実実践している例として参考になさってください。