2018/07/14
園田先生、はじめまして。
Kと申します。現在、社会人の33歳になります。
現空研サイトは15歳の頃から、ちょくちょく拝見させていただいております。
今回、「拳が握れない場合の対応」について園田先生の見解をお聞きしたく、「Q&A」コーナーへのお問い合わせをさせて頂きました。
以下、今までの経緯をご説明します。
私は高校時代に街中にあるフルコンタクト系の空手道場に通っていました。
しばらくすると、人差し指の第三間接が直角(90°)に曲がらず、正確に拳を握れないことがわかってきました。
整形外科を受診したところ、人差し指の第三間接が直角に曲がらないのは親からの遺伝で、このような状況の人は一定数いるようです。
確かに、後で確かめてみると私の母親も全く同じ状況で人差し指の第三間接が直角に曲がりません。
ただ、拳立てなどのトレーニングを続ければ正確に拳を握れるようになっていけるのかについては、整形外科の医師もわからないとのことだったので、自分なりにトレーニングを続けていくことにしました。
しかし、残念ながら、拳立てなどをして無理やり人差し指の第三間接が直角に曲げようとしても、毎回、人差し指を痛めてしまい、何も改善しない状況でした。
当時、通っていた空手道場の師範に、今までの経緯を説明し「拳が握れない場合の対応」について相談したところ、「根性が足りない」の一言で終わってしまいました。
ちなみに、今回質問するにあたり、インターネット上で同じ状況の方はいないか調べたところ、以下のブログを見つけることが出来ました。
筆者の方は、「正拳が握れないのは確かに不利だが、自分として正しい空手を目指せばいい。」との考えで空手を続けておられるようです。
2008-01-21 正拳突きのおまけ話し
http://d.hatena.ne.jp/danielsan/20080121
現在は空手から離れた身になっておりますが、当時の私としては非常にショッキングな出来事でしたので、「拳が握れない場合の対応」について、ぜひとも園田先生の見解をお聞きしたいです。
よろしくお願いします。
まず一般論になりますが、一つの欠点もない完全な身体の持ち主はこの世にはまず存在しないと思います。
一見何の欠点もないように見える人でも、自覚、無自覚を問わず何らかの欠点や欠陥を持っている方が普通です。
外観から分かるものだけではなく、本人だけが知っている内蔵の疾患や先天性、あるいは後天性の障害などを持っている人は意外に多いと思います。
そもそも空手は理不尽な暴力に屈せず、防衛するための技術ですが、戦いという状況に陥ったら、完璧な身体の持ち主であったとしても最後まで無傷でいられるかはわかりません。
極端にいえば、腕や足を折られたり、切り落とされるような状況になるかもしれません。
そうした場合でも身を守るためには力のある限り戦わざるをえません。
状況がどのように変化しても、与えられた条件の中で最良の方法を選択して身を守るというのが武道の本質だと思います。
与えられた条件は、日常の中でも常に変化します。
仕事に追われれ徹夜続きで疲労困憊している状況で襲われるという事もあり得るでしょう。
運悪く、怪我や病気に見舞われている時にそういう場面に出くわすかもしれません。
スポーツの試合と違って、武道は、いつ何時でも、要するに十分な準備が整っていないときでも、その時与えられた条件で最善を尽くすというのが本質なのです。
まず、基本としてこうした前提に立って考えることが必要だと思います。
自分の身体に武道の観点からみて何らかの欠点があるとするならば、それを前提にして全てを組み立てていかなければなりません。
指の関節が直角に曲がらないという事は正拳を握るという事から考えると明らかにマイナス要素です。
まずは医学的な見地から直せるかどうかは専門家に相談するというのが第一に行うべきことでしょう。
ただ、こういう状況(指の角度における空手への対応可能性)は外科の専門医であってもなかなか適正な判断は難しいのではないでしょうか。
もともと、握りこぶしで何らかの破壊運動を行うといった事は普通の人の日常生活では考えられない事であり、そうした想定外の事に対する身体の適応能力なんてお医者さんでもわからないのが普通です。
それでも格闘技に関心があって、あるいは自分でも経験のあるといったお医者さんなら、何らかの有力なアドバイスは可能かもしれませんが、そういう方は少ないでしょう。
「分からない」とおっしゃった医師は正直な方だと思います。
私は約50年間空手に関わった人生を送って来ました。
自分自身も含め多くの体験、見聞が蓄積されています。
それでも、これで一般的な正解を出せる程の事例となると自信を持って言えることはあまりありません。
しかし何らかの参考にはなるかもしれない経験した事例はご紹介できます。
私は指の突き指や骨折は数え切れない程経験していますが、その中でも一番ひどかったのは右手の薬指の第一関節と第三関節の同時骨折です。
大学浪人の頃で、親元を離れていたこともあり、ひどい痛みにもかかわらず病院に行かずに放置していました。
指先は曲がったままで、素人考えでもこれは多少まずいのではないかと思い、アイスクリームのスティックを2枚使い痛いのを必死で堪えて指を伸ばして挟み込み、輪ゴムでぐるぐる巻にして固定しました。
数日経って痛みも少し減ってきたので固定していたスティックを外したところ、指は変形していましたがとりあえず伸びていました。
しかし、今度は曲げようとするとビクとも動きません。
まっすぐに固定されてしまったのです。
しかも第三関節は凹んでしまい拳ダコとは反対の方向に変形していました。
拳を握っても薬指は棒のように突き出していて全く拳として機能しなくなりました。
これは大変なことになったと後悔しましたが後の祭りです。
右手の薬指は触っても感触が殆どなくなり、自分の意思で動かすこともできなくなってしまったのです。
数ヶ月もすると痛みはすっかり無くなりましたが、指はほとんど動きません。可動範囲は1/10位になりました。
空手はおろか、趣味だったピアノも弾けなくなりました。
右手なので日常もいろいろ差し障りがあります。
自分の感覚と指の実際位置が異なるので、よく突き指をしました。
空手の時は指を無理やり折り曲げ、テープをぐるぐるまきにして拳のように固定してやっていました。
しかし半年くらいすると、自分の意思では動かせませんが、稼働範囲はいくらか戻ってきました。
やがて大学に入った頃学校医に相談したことがあります。
「腱が切れており、時間も経っているので手術しても元通りには治らないだろう」と言われました。
しかし殆ど動かないのですが、一生懸命動かそうとすると1/10位は動きます。
私はこれに微かな望みを託して指の筋トレを繰り返せば多少は動くようになるのではないかと思い実行にかかりました。
参考にしたのは子供の頃ハードトレーニングを行った(行わされた)ピアノのドリルです。
ピアノのトレーニングでも薬指は最も鈍い指なので集中的なトレーニングをやらされます。
薬指と小指でのトゥリル(交互に素早く打鍵する)は筋トレに最適ではないかと思いピアノを使って行いました。
最初はどんなに遅くやっても上腕全体の筋肉疲労で1分も持たなかったのですが、回数を重ねるうちに少しづつ時間が伸び、打鍵のスピードも上がってきました。
ストロークはなかなか伸びませんでしたが、力は少しづつ入るようになってきたのです。
しかし、しばらくすると別の問題が生じてきました。
長時間やると腕全体が疲労困憊し最後は小指が痙攣を起こすのです。
一旦痙攣を起こすとコントロールが効かなくなります。
他人の指を見ているようでした。
一旦休憩をとり、再び拳を握りしめるとこの痙攣は収まります。
私の素人考えですが、腱は完全に切れていたのではなく機能が著しく低下した状態であったのか、あるいは指を動かす機能は補助的な別の機構が存在しているではないか、あるいはその両方だという思いです。
そして、ハードトレーニングをすることで、そうした補助的な機能が向上していったのではないか。
またオーバートレーニングになった時、隣の小指を動かす機能に悪影響が出て痙攣を起こすようになったのではないか、と。
指の訓練としては完全にオールアウトするまでやりましたから、かなり小指や前腕にとっては過酷な状況だったと思います。
今考えると病的とも言えるオーバートレーニングだったと思いますが、おかげでいろんな有益な経験則を得ることができました。
薬指はその後何年もトレーニングを続け、10年後くらいには日常生活はもちろん、ピアノもほぼ元通り弾ける程度に回復しました。
自分でも、これは驚異的な回復ではないかと思っています。
小指の痙攣に関しては、完全に収まったわけではありませんが、コントロールできるようになりました。
一定の角度や力の入れ方など、痙攣が起きる条件を察知できるようになり、意識的にそれを避ける方法を会得したのです。
今では、任意に痙攣を起こしたり止めたりできます。(笑)
以上の話は本来できていた事が事故などでできなくなった事象に関する体験ですが、先天的にできない事も鍛錬やトレーニングでできるようにすることができるかもしれないという可能性は感じられるのではないでしょう。
関節の可動範囲は、股割りの例でもわかるようにかなりトレーニングで広げる事ができます。
ただ、これはトレーニングの方法や量でもかなりの差が出ますし、個人差も正直かなりあります。
年齢が若い程、可能性の範囲は広がりますが、子供でも苦労する子はいますし、年配の方でも著しく向上し180度ぺったんこになる人もいます。
手首やその他の関節も訓練でかなり変化します。
関節技を長くやっていると耐えられる限界や可動範囲はどんどん広がっていきます。
しかしあまり変化しない人もたまにいます。
こう言ってしまうと全て人それぞれだ、ということになり、最初に述べたように、関節の可動域などを専門に研究されている方は別にして、普通のお医者さんなどが一般論として言うには、安全側に振った言い回しなることは仕方のないことでしょう。
話を質問者の方の事象に戻しますが、もし私ならどうするかといった視点でお話したいと思います。
今の私なら、まず、ネットなどでデータを集め、適切な専門のお医者さんや医療機関があればまずはそこで検査してもらうでしょう。
そこで専門家による一般的な改善の可能性を把握します。
遺伝的資質として先天的であり、改善の余地は殆ど無いと言われても、私なら若干の可能性にかけてトレーニングによって変化させる事ができないかという視点でいろいろ試行錯誤をすると思います。
数年間くらいはチャレンジし続けるかもしれません。
それと平行して、指が曲がらなくてもできる効率的な攻撃方法がないかを考えたり試行錯誤もすると思います。
最初に述べたように、与えられた条件の中で最良の方法を考える事が武道だと思っていますので。
例えば正拳の代わりに中高一本拳を使うという選択肢が思い浮かびます。
これだと指を直角に曲げずに済みます。
この握りが最強だと主張している説もあり、中高一本拳は危険(相手にとって)だからフルコンタクトでは使わない(使えない)、といった声も少なくない程です。
とすれば、中高一本拳は有力な代替候補になります。
しかし、これがそれほど強力なものかどうかは脳内妄想ではなく、実際に実験してみる必要があります。
実際実験してみると話はそう簡単では無い事が分かります。
例えば、現空研の防具を着用して全力で使ってみると、殆どの方は頭で考えた事とは違った感想を持つでしょう。
これを自在に使いこなすにはそれ相応の鍛錬と稽古が必要だという思いです。
当身のように水月などに使うのは効果的だと思いますが(昔から存在する伝統的な技ですが実際に使った事がないのであくまで想像です)、鍛えた相手にフルコンの試合などで有効に使うには、それなりの訓練をしていないと効かすのは難しいと誰もが思うはずです。
しかし正拳が握れない場合、徹底的に鍛える事を前提にすれば中高一本拳は有効な選択肢の一つである事は間違いありません。
次に試合ではなく武道の究極のターゲットである実戦を想定してみましょう。
実戦においては、拳はあっというまに傷だらけになり、大小怪我の集積所のようになります。
手首も痛めやすい筆頭です。
かなり鍛え込んでいる空手家でも、拳は腫れ上がります。
拳が戦闘能力を失った状態でもかろうじて使えるのは掌底、裏拳、腕全体を使った振り打ちや猿臂などです。
振り打ちは、相手が刀などの武器を持っていてこちらの拳や腕が重大な損傷を受けている時、切り札として使う最後の手段としてあみだされたのではないでしょうか。
戦いとは互いが損傷を蓄積していきながら、最後はどちらが生き残るかというサバイバルであり、事態が刻々と変わっていく中での最善手を選択していく過程でもあります。
こういった視点で武道を捉えると、五体満足な状況で最高のパフォーマンスを生む事だけを目標として稽古を積むだけでは武道の本質を理解しているとは言えません。
片方あるいは両方の拳が使えなくなるかもしれない、腕を失うかもしれない。
その他どんな悪い状況に陥っても現時点で与えられている機能や手段で最良の選択をして戦うのが武道ですから、そうした状況を全てを含めて稽古を積むというのが武道においては大切な事だと思っております。
現空研を含めて長く空手を続けてい方たちは、先天的なものも含めて、何らかの障害や故障は抱えているのではないでょうか。あるいは、これから持つこともあると思います。
大切な事は、それも含めて、将来に向かって、現時点で最良の方法を考え、見極めて稽古を積んでいく事だと思います。