NHKの特別番組 ケニアマラソン最強軍団

2012/07/20


 

NHKの特別番組でミラクルボデー持久力の限界に望む「マラソン最強軍団」というタイトルで驚異的なタイムをたたき出しているケニアのマラソン選手の秘密にせまるテレビ番組があった。(2012/7/16)

 

NHKスペシャル 公式ホームページ 番組紹介ページより

 

NHKスペシャル 公式ホームページ 番組紹介ページより

 


たまたま、その番組を見る機会があったので興味深く拝見させてもらうことにした。
マラソンのタイムはこの100年で1時間近くも短縮され、その進歩が著しい競技の一つである。

現在の最高タイムはケニアのパトリック・マカウ選手の2時間3分38秒だ。
現在の記録の伸び率から行って人類が2時間の壁を破るのはそう遠い話ではないかもしれないという事であった。

ハイスピードカメラとか機械を使ってフォームを一見科学的に分析したり、血液検査を行って生理的な考察も行って興味深かったのだが、その結果や考察の部分では一部消化不良の感が否めないのも事実だ。

テレビ放送ということでより幅広い視聴者が対象とういう事を考えるとこういう展開にせざるをえないのかなとは思うが、もう少し運動の実践者の視点も考慮してもらえればもっと良い番組になったと思う。
メンタルを強調して精神論になったり、科学的な映像分析で先端的なイメージが強調されたり総花的なところが少し残念だ。

また、何十年も前に議論されていたことや運動の実践者なら誰もが知っていたり感じたりしている事がさも新しい発見のように解説されるのも気になるところだ。

例えば高地トレーニングの話もそうだがパトリック・マカウ選手のつま先からの着地なんて日本でも昔は田舎の子供は皆やっていた。
裸足だとそうしないと痛いし怪我もする。

私は中学生の時陸上の先生から長距離では踵から着地するように矯正された記憶がある。もちろん私以外にも同じように注意された子がいた。
もっと昔(地下足袋で走っていたころ)は、大人の選手でもつま先から着地していた者もいたのではないのかな。

短距離では速く走ろうとすれば普通は自然にこうなるし、ちゃんとした(衝撃を適度に緩和できる)靴がなく指導者がいなければ長距離でもつま先着地はそう珍しい存在ではないと思う。

現在はフラット着地(足全体で着地)が推奨されているようだが、つま先着地が優れているか否かは、テレビで解説していたように単純ではないと思う。
テレビの説明はいきなり図解がでて、ベクトルのような矢印がおそらく地面からの反作用としての意味だと思うが示される。

日本の山本選手は踵着地であるが、それと比較してパトリック・マカウ選手はそのベクトルが短い。
つまり衝撃が小さいというわけだ。

それを体重の何倍の過重がかかるから筋肉の疲労がどうのこうのという説明になっていく。
一定の体重の物体を水平方向に移動させる場合の一定時間の過重の積分値はどんな着地をしても差はない。

つま先から柔らかく着地すれば、時間軸に衝撃が分散されるだけの話だ。その分骨や筋肉に負荷がかかる。
分散に関しては踵から着地してもそれなりのクッションの効いた良く設計された靴を使えば同じ効果は得られる。

そんなことより人間の走るという動作において衝撃が分散される方が良いのか、短時間で衝撃を吸収するほうが良いのか、を運動力学的、生理学的な検証をすべきなのである。

血液検査では、赤血球の大きさが測られた。
パトリック・マカウ選手の赤血球は直径が小さいそうだ。

一方いろいろ比較されてきた山本選手のはと思うと、いままでと違ってこちらはいなり日本人選手の何人かの平均値との比較となっている。
赤血球は直径が小さいということは血流における抵抗値が小さくいわゆる「サラサラ」の血液ということになるのらしいが、つま先着の時はパトリック・マカウ選手と山本選手の比較であったのが、こちらは山本選手の個人値ではなく平均値が持ち出される。

ここまで個人を比較してきたのに赤血球だけなぜ平均値をもちだすのか。
もしかしたら山本選手のほうが直径が小さかったのかなと邪推したくなる。

と言うのもどうもこの番組ではパトリック・マカウ選手の生理的な身体能力の高さをことさら強調したいような空気が感じられるからだ。
赤血球の直径がどの程度運動能力と関係があるかといったことの統計データや研究の進展に関しての説明は一切ない。

人間ドッグなどで血液検査を受けると赤血球の状態がわかる。
検査項目のヘマトクリット値、MCV、MCH、MCHCなどが該当項目になる。

ヘマトクリット値は血液中に占める血球の体積の割合を示す数値で以下次のようになる。
MCV 平均赤血球容積
MCH 平均赤血球色素量
MCHC 平均赤血球血色素濃度

これらは相互に関係しており、全体の数値で総合的に健康状態を判断すべきでものである。
パトリック・マカウ選手の赤血球は直径が小さいということはこれらの中ではMCVが小さいということになる。

私が血液に対して多少知識があるのは私は昨年体調を壊してそれから定期的に検査をうけてそのデータが手元にあるからだ。

そのデーテであるが、昨年と違って現在は血液の数値は劇的に改善しマラソン選手なみの数値に戻っている。

 

尿酸値が多少高いがこれはビールを飲むことで現在改善中だ。(詳細は別の機会で)
赤血球の大きさ(MCV)は標準よりやや小さめであることからすればパトリック・マカウ選手に似ているのかもしれない。

もともとこれらの項目は通常は貧血の状況を調べるためのものである。
赤血球の直径が小さいと一個あたりのヘモグロビンが少ない事を意味しもし赤血球の量が一定なら貧血気味である可能性が高い。

逆にヘモグロビンの量は多く貧血でなく赤血球が小さいとなれば、量が多いということが推定される。
血流の抵抗総量は赤血球直径だけではなく一定の血管断面を通過する赤血球(ヘモグロビン)の積分値で決まるわけだから、これでは理屈が通らない。

つまり赤血球の直径が小さくても量が多いと血流抵抗は相殺されるということだ。
直径も小さい量も少ないとなれば間違いなく貧血を起こすリスクは高いし、自分は天性の身体能力があるなんて妄信すれば無理なトレーニングで体を傷めることもあるだろう。

こういう極限の運動生理学を定性的な理屈で説明することは極めて不適切であるばかりか危険ですらある。
ここの場面を論じるためには少なくとも運動生理学の専門家と循環器内科の専門家そして流体力学の素養のあるものが協力しあわなければ有意な議論は成り立たない。

それは対象が専門家であるか一般大衆であるかを問わない。
むしろ専門知識のない一般大衆、視聴者を対象にした時こそ注意深い配慮が必要になる。

ケニアの選手がマラソンで2時間3分台を出した事は事実である。
しかし彼らの成果の原因(トレーニング)をたったこれだけの観察で解析できたと思うのはとんでもない了見だ。

整地されてないトラックやシューズが買えない経済状況、高地での薄い酸素環境の中でのトレーニング。
こうした中で一攫千金を夢見る若者たちが無我夢中で行うトレーニング。

彼らが日本で日本式のトレーニングをしたらもしかしたらもっと良いタイムが出せるかもしれない。
もちろん出せないかもしれれない。

結論を出すにはあまりにデータが少なすぎる。
ただはっきりしておきたいのは私はここでこの番組を否定しているわけではない。

ケニアの選手たちがどんな環境でどんなトレーニングをしているか、そしてその身体能力や生理的な検査結果を紹介してくれることは運動の実践者たちにとって大変有難い。

ただその有難さは、判断材料としてのありがたさであり、何らかの意図があるかどうかはわからないが一定の結論に誘導したり、日本で行われているトレーニング方法を安易に否定する方向を感じさせるようなところがあればそれは残念に感ずる。

仮説を立てるのは自由であるし、それがなければ発展もないし、第一見ていても面白くない。この番組はおもしろかった。
しかし、もっと客観的な判断ができる材料があるにもかかわらず、何らかの意図的な方向に向ける都合の良い事実だけを取捨選択したり不合理な推論や、誤った演繹で一定の結論に導こうとしているように見えるところが一部あった事が残念なのだ。

これからのさらなる努力向上を期待し応援したい。

私はマラソンとは違うが空手におけるトレーニングは、まだまだ未開発のゾーンが山ほどあると思っている。
筋肉の瞬発力や持久力も陸上や水泳、球技とは全く異なった未開発のゾーンが人間には多くあり、現在の選手はその殆どを未開発のまま一生を終えているような気がする。

ましてや技術分野となるとまだまだ原始的な状況であることは間違いない。
極限に近いと思われたピアノやバイオリンの楽器演奏でさえ、高々十数年前の天才的なテクニシャンが現代の最新の訓練を受けた演奏者にテクニックではまったく敵わないと言っている。

ましてや未完の空手ではマラソンで言えば3時間で走っているレベルだと思う。
逆に言えば、現在空手は何歳から初めても、社会人であっても、限られた時間しかトレーニングに使えなくても、まだまだ一流になれる余地は十分にあるし、現在一流の選手であってもまだまだ大きな上昇余地が残っていると考えている。

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